その後奄美群島に伝来したと伝えられています。
黒糖焼酎の原料であるサトウキビは、
今から400年ほど前に、
奄美大島の直川智(すなおかわち)が
中国から密かにサトウキビの苗三本を
隠し持って帰ったことから始まったようです。
直川智(すなおかわち)は、当時中国で外国人に禁止していた、
サトウキビの栽培方法と製糖方法を密かに習得したようです。
黒糖焼酎(黒糖酒)は江戸時代から奄美群島で製造されていました。
昭和28年に奄美群島の日本返還に伴い、
日本の酒税が適用になりました。
黒糖酒は酒税法上焼酎として扱われなかったため、
高い税率が掛けられていました。
黒糖酒を焼酎として扱うように求める島民の願いもあり、
取り扱いに関して議論がなされました。
米こうじ使用を条件に、
熊本国税局大島税務署の管轄区域
(奄美群島の奄美大島・喜界島・徳之島・沖永良部島・与論島)
に限って黒糖原料の焼酎製造を特別に認めました。
このため、黒糖焼酎は奄美群島でのみ製造が許されている
特別な焼酎となっています。